らぴゅ海賊日誌

• 04/19/16:01

　酒場の両開きドアの前に立っていたのは、昼間の船乗りだった。インド藍染めの綿製チュニック、腿から脛にかけて膨らみを持った黒生地のパンツ。腰巻きには片刃の湾刀、シャムシールが差されている。
　マスターはゆっくりと立ち上がった。カウンターを横目で見る。片付けたばかりのカウンターには、淡い光を放つランタンが置かれているだけだった。
　『俺よ、口が滑ったなぁって思ってたんだよ。』
　男は頭を軽く撫でながらマスターの方へと歩いてきた。一歩ごとに、床の木が軋みをあげる。
　『んで、ちょいと心配になってな。戻ってきたら、やっぱりってな。』
　どうやら、本当に面倒なことになってしまうらしい、とマスターは頭の隅で思った。過去の経験から、これは殺される流れだ。
　『もう分かるよな？あの女と、あんた。死んでもらうぜ。』
　男はタンッと床を蹴り、シャムシールの柄に手をかけた。体勢を低くしたまま床を駆ける。
　『おらぁっ』
　マスターが頭を下げるのと、首があった場所を湾刀が振り抜かれたのは、ほぼ同時。風切り音を頭上で聴きながら、右脇に身を投げ出した。直後、上段から斬り下ろした男の湾刀が床に突き刺さる。舌打ちをしながら、力任せに床から引き抜く。
　『いつまでも逃げれると思うなよぉ？』
　男は手首で湾刀を回しながらじりじりとマスターに近寄る。ランタンの光で、男の瞳が鈍く光る。
　『・・あ？』
　間の抜けた呟きをあげ、男が立ち止まる。マスターは足を前後に少し開き、両手の握り拳を胸元まで上げていた。ファイティング・ポーズ。戦闘体勢だった。
　『死ぬ覚悟でもできたのかよ。』
　男は湾刀を持つ手をだらりと下げ、最初よりも更に体勢を低くした。
　『お望み通り、斬り刻んでやるよ！』
　ダンッと強く踏み込み男が突進してきた。下段から湾刀が振り上げられる。
　バスンッ
　腰を捻り、半身の体勢で太刀を避ける。切断されたテーブルの断片が床に落ちるよりも早く、捻った腰の回転を利用したマスターの左拳が、男の右脇腹に突き刺さる。
　『げぁっ』
　奇妙な呻き声を上げ、男の体がくの字に折れる。顔の下がった男の顎に、マスターの左肘がねじ込まれる。がちっと歯と歯が噛み合わさる鈍い音と同時に、歯の隙間から血が噴き出した。白目を向いた男の動きが一瞬止まる。素早く背後に回り、右手を男の首後ろにぴったりと付ける。全身の体重を右手にかけ、思い切り床に向けて押し抜いた。床板が割れる音に混じり、、男の顔面の骨が砕け、割れた床板によって肉が削ぎとられる不快な音が、酒場ホールに響いた。
　マスターは痙攣する男の首から手を離し、立ち上がった。冷たい目で男を見下ろす。
　『私もよく見てなかったんですけどね。あの甲冑。手に取ろうとして、すぐに気づきましたよ。あんたがさっき、ここに来てから、思ってたことが確信に変わっただけですからね。』
　カウンターの近くまで来て、マスターは服に付着している返り血に気づいた。小さな溜息を吐き、シャツを脱ぐ。蒸留水用タルの栓を捻り、頭から水を被った。
　ランタンの光はマスターを映し出している。その背中の刺青も。マスターが腕を動かすたびに、背中の骸骨が陰影の強弱を作っていた。


　続くkamo
　　

• 09/09/01:26
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