らぴゅ海賊日誌
らぴゅの海賊日誌
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Death.Merchant トン・ヌラクン 其の2
ボゴシ島の東側、窪んだ海岸線に黒塗りの船が停泊している。全長約70m、船幅8mの巨大な船。3本のマストには四画帆と三角帆2枚がとりつけられ、船の前後には大型の船尾楼がついている。船の両側面には前方から後方までオールが突き出ており、その数は50艇にも及ぶ。ガレアスと呼ばれるこの船は、元々は交易用の大型ガレーから発展したものだが、軍用転換されたことから、帆船とガレー船の中間の性能を持つようになった。
ただ、このガレアスは他のガレアスと大きく異なっている点がある。3層甲なのだ。第1層にはオールが、第2層には84門もの砲門が並んでいる。甲板の中央部、メインマストのやや後方には、欄干いっぱいまで広がった太く巨大な円柱状の装置が設置されている。鉄で出来たそれには、両側面真ん中辺りに四角い穴が空いている。 知る人は知る。この船の恐怖を。この船に海で遭遇した亡き犠牲者たちは数知れない。 船の名前は、トンヌラ丸という。冗談ではない、本気の名前だ・・。 トンヌラ丸2階、第1層にあたる部分に船長室がある。低い天井から吊るされているランタンが淡く周囲を照らす。飾り気のない簡素な部屋で、室内にあるのは木机と椅子、ぎっしり詰まった本棚くらいだ。 部屋にいるのは男が1人。椅子に深く座り、腹の部分で腕を組んでいる。うつむいた顔からは表情が読み取れないが、その目は閉じられている。まだ若い、青年のような容姿をしている。何か考え事をしているのか、ぴくりとも動かない。 静かな時間の流れる部屋に、ドアのノック音が響いた。板の向こう側からしゃがれた男の声がした。 『船長。いるかい?』 『・・・・』 『船長。いないのか?いないならそう言ってくれ』 『・・・・』 『船長、ほんとはいるんだろ?なに照れてんだよ。へへ・・』 『・・・・』 『ぐす・・船長の馬鹿野郎・・船長ぉぉぉ!うおぉぉ!』 ドア越しに漏れる男の切ない嗚咽と叫びが、なんとなしに空気を重くしている。 ばごんっ 船長室のドアが内側から勢いよく開いた。ドアは男の顔面を直撃し、廊下の壁に叩き付けた。 『うるさいぞブーギ!私の部屋の前で大声出して泣くんじゃない!くそっいい気分で寝てたものを!おはよう!』 ブーギと呼ばれた男は、片手で後頭部を抑えながら船長を見上げた。眠そうな顔の青年が仁王立ちしている。肩まである赤銅色の長髪、女性の黄色い声援を浴びそうな端正な顔立ち、細いが、鍛えられているのがわかる体。着崩された白いシャツと革パンツがジャストマッチしている。 ブーギは青年を見上げたまま口の端を吊り上げ、薄い笑みを浮かべた。 『へ、へへへ。起こしちまって悪かったぜ。トン・ヌラクン船長!』 其の3に続く PR
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Death.Merchant トン・ヌラクン
『ほら、あとコンパス。これがないと、ほんと不便なんだから。』
セシルは懐中式のコンパスをマサールに手渡した。額に見事なコブを作ったマサールが、ベソをかきながら2つの布袋に荷物をしまっている。 『なにも・・なにもオールで殴ることはないのに・・』 セシルがマサールをじっとりとした目で睨む。オールで頭を殴られてるのに、コブですんでいる方が異常だ。 袋に荷物を詰め込むマサールの手がふと止まった。上目遣いでセシルを見る。 『ほんとにいくの?船にいた方が安全だと思うんだけど・・。』 『それはダメ。ずっとここにいてどうするつもり?たとえこの難破した船の近くを、偶然救助船が通りかかったとしても、私たちには意味がないわ。』 セシルは一息つくと布袋を持ち上げ、肩にかけた。夜までに、少しでも多く情報を集めるのがセシルの目的だ。せめて、島の大きさくらい分かれば、後は海図を見て流された島の大体の見当をつけることができるからだ。 船の欄干をまたぎ、縄梯子に足をかけると、セシルは袋を落とさないように慎重に下へ降りていった。 『マサール、気をつけて降りてよ。銃を海水で濡らさないようにね。』 『わかってるよ・・できれば使うことがなければいいけど・・。』 2人の背中には、真鍮製の長い銃身を持つ英国製ベーカーライフルが固定されている。単発しか撃てないが、溝に彫られた銃身が弾丸に回転を生み、飛距離は300m近くにもなる。 セシルの腰には、革製のベルトに挟まれたフリントロック式ラッパ銃がぶらさがっている。至近距離での攻防を目的に作られたこの銃は、銃弾を散乱させることができる。 マサールの銃はベーカーライフルのみだ。だが腰のベルトには、柄に美しい装飾が刻まれた鋭い短剣、ペッシュ・カブズが差し込まれている。短剣であるにも関わらず、敵の鎧をも貫通させることができる恐ろしい短剣だ。生身の人間だと、やすやすとその体を貫かれるだろう。 2人は小船に乗り移ると、浜辺へ向かってオールを漕ぎ始めた。 オールを漕ぎながらマサールがセシルに尋ねる。「島に誰かいたりするかもよ」。セシルは笑って答える。「そうねぇ。凶悪犯罪者がいたりして♪」 のどかな笑い声が小船から湧き出ている。2人はまだ知らない。この島の秘密を・・。 Death.Merchant トン・ヌラクン 其のⅡは深夜4時頃UP予定。 |
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難破
アンボイナの北、テルナーテとアンボイナの中間に位置する半島ボゴシ。数年前までは香料貿易が行われていたが、今ではその流用性の不便さから閉島され、無人島となっている。島の前を船は通るものの、補給すらままならないので停泊する船もない。
島の西側海岸に、1隻の船が浮かんでいた。大きく傾いたその船は全長20Mほどの小型船で、3本のマストには大きな三角帆のラテン帆が取り付けられている。嵐にでもあったのか、船体はひどく痛んでいる。メインマストは半ばで折れ、甲板に転がっている。船首像の砕け具合が不気味さを一層引き立たせていた。 『うぅ・・』 か細い呻き声が甲板から漏れた。甲板に沈んでいる折れたマストの横で仰向けになっている女が出したようだ。簡素な綿シャツにくたびれた革パンツ。飾り帽子のようなバイコルヌには海水でベトベトになった銀髪が張り付いている。 女は目を細めながら空を仰ぎ見た。雲ひとつない快晴に、太陽の光が眩しい。思わず右手で顔をかざす。 『生き・・てる・・』 突然の嵐、帆をたたむのが遅れてマストが捥ぎ取れてしまった。自分めがけて落下してくるマストを見たとき、死んだ、と思った。 女は大きく深呼吸すると、ゆっくりと上体を起こした。背中とお腹が軋む。嵐の中、強風に振り回されて甲板を転げ回っていたのがきっと原因だ。 『ここ、どこだろう』 女は欄干に寄りかかりながら立ち上がると、辺りを見回した。昨日の昼頃にアンボイナを出港して、夜になる前に嵐に遭ったから、そう遠くへは流されていないはず。アンボイナ周辺は諸島が連なっているから、案外アンボイナの近くかもしれない。 『わぁ!セシル!目が覚めたんだね!』 船の下、浅瀬の方から男の声がする。セシルと呼ばれた女は、欄干から身を乗り出して、浅瀬を覗き込んだ。小船に乗った恰幅の良い男が、満面の笑顔でこちらに両手を振っている。 『マ・・マサール!あんた無事だったのね』 『うんうん、ずっと船室に隠れていたからね。メインマストが折れた時はさすがにびっくりしたけど・・』 マサールと呼ばれた男は、照れ隠しに頭を掻きながら答えた。 『あんた・・あの嵐の中ずっと船室に隠れてたの・・』 『うんうん、雨に濡れるの嫌だし、風で飛ばされたりしたら危ないもん。』 セシルの額に青い筋が浮かんできた。あの嵐の中、やるべきことを全て放棄して真っ先に逃げたと彼は言う。 言いたいこと殺りたいことはたくさんあるが、セシルは握り拳を作り、ぐっとこらえた。彼の性格はよく分かっている。いざ、という時は頼りになるが、それ以外は頼りにならない、マサールとはそういう・・ 『あんたね!あたしは死に掛けたよ!せめて帆くらい畳んでから縮こまったらどうなのよ!』 セシルは欄干から縄梯子を降ろした。あの顔をぶたないと気が済まない。 縄梯子を軋ませながら降りてくるセシルを見て、マサールはもしかして彼女は怒ってるかもしれないと思った。いや、でも悪いことは何もしてないし、ここまで考えてマサールは思った。「きっと、とても怖い思いをしたから気が起っている」、のだと。 『セ、セシル・・怖い思いをしたんだね・・。僕もわかるよ。あの嵐だもん。死ぬかもしれないって思うよね。』 セシルは縄梯子から飛び降り、小船に転がり込んだ。強い揺れで小船が上下に揺れ、マサールは体勢を崩した。しりもちをついた状態から、顎を垂直にあげてセシルを見上げる。・・・鬼ババがいる・・ 『か、顔が怖いよ・・?・・なんで両手でオールを持ってるの・・?・・どうして振り上げてるの・・え、ちょっと待っ』 乾いた殴打音が、辺りに気持ちよく広がった。 |
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